エッセイのページ

 210円の重み

  大阪の吹田市には『福祉バス きぼう号』が有る。利用資格者は、体にハンデキャップを持った人とその介護者、妊産婦、そして60歳以上の全べての市民となっている。
以前から、何らかの無料バスが有る事は知ってはいたが図らずも無関心だった。しかし主人が脳梗塞で倒れ、リハビリに明け暮れしている昨今、病院を経由して駅も行くルートのバスを利用させてもらう事となった。
主治医の「リハビリというのは、動かなくなった機能を回復させる訓練はもちろんの事、一番重要なことは元の生活に戻す事です。家族が車で送迎するよりは、バスで乗り降りの練習をし、自立するように」とのアドバイスがあったからだ。

 ある日、私も主人と一緒に乗ってみる事にした。下心有っての事だけれど充分に利用の資格はクリアーしている。
毎週、火曜日と水曜日は大阪市内でメッシュフラワーの Demonstration & Sale をしているので、駅まで週2回タダなんてラッキー。210円の16回は3360円かア〜 ウッヒヒッと喜んだりして・・・。

 二人でバス停まで歩いた。
何だかウキウキとデートみたいだ。今までに、夫婦でバスに乗る事って有ったかなア〜。
「夫婦には絶対見えないよね。息子さんのお嫁さんですか?と聞かれたりして!」と私
「いや〜 お母さんと息子だと思うよ」と憎まれ口の主人。
やがて『福祉バス きぼう号』が来た。
いそいそと乗り込んで、うん? 私は違和感を覚えた。
車内は意外と狭く満席だ。杖を頼りによろける主人の座る場所は無い。ダークな服装の人々が黙々と座っている。車椅子の介護の老紳士がいる。目の不自由な女性もいる。そんな中で、茶髪でウエスタンブーツ姿の私はあきらかに浮いていた。下心有って乗り込んだ自分に、後悔の念しきりで身の置き場所が無い。
「大丈夫?」といかにも介護者面をして用も無いのに主人の襟を直したりしてみた。
「おじさ〜ん ここに座んなよ!」その時、近くで声がした。
ふと目をやると、体の不自由な男の子が席を代わると手招きしている
「サンキュウ サンキュウ」と言って主人は座らせてもらい、阪神が勝ったの負けたのと楽しげに話しこみ始めた。聞けば、主人が乗って来るのを待ち構えていていつも席を譲ってくれるとか。乗車しない日があると「おじさんは・・・?」と隣の席の人に尋ねたりしているらしい。
自分の体が不自由にもかかわらず席を譲ってくれるなんて!! いまどきこんな子がいるのかとすごく感激した。が ショックだった・・・自分の不謹慎さにである。思わず私は病院で主人と一緒に下車してしまった。本当は、次の駅前まで乗るはずだったのに・・・。

 210円がずっしりと重く心にのしかかり、1キロメートル足らずの駅までの道のりは長く長く、それは長く感じた。
もう乗るまい。絶対に乗るまい。私一人が乗らないことでも車内は広くなるだろう。元気な私は他の交通機関を利用しよう。『福祉バス きぼう号』は、本当に福祉を必要とする人達の為だけに利用されるべきだと痛感した一日だった。
 
 

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