エッセイのページ

行ってらっしゃい ごっこ

  主人が脳梗塞で、リハビリを始めて2年近くになる。
そして、福祉バスを利用し、幸いにも一人で病院通いが出来るようにるようになって丁度1年。
そう、あれは去年の今ごろ、寒い時期からだった。
「家族の送迎に甘えないで、自立する事こそリハビリの意味がある」と、主治医のアドバイスで始めた行動だけれど、杖を頼りにびっこをひきながらヨタヨタとバス停まで歩く姿は、元気でおしゃれだった彼には酷だった。しかし、私は心を鬼にして発破をかけた。

 主人が玄関を出ると、私は3階のベランダから行き先を追う。
まず彼がする事は、駐車場を通り過ぎる時、愛車だったエステマのタイアを杖でトントンと叩く。そして、3階を見上げ、不自由な両腕で円を作りO.Kのサインをだす。スイカじゃあるまいし、叩いて何で分かるの?っと笑ってしまう。
なだらかなスロープへ来ると振り返り、バイバイをしようとしてバランスを崩し、おっと 転びそうになる。

 私達が住んでいるマンションの周りは木々で覆われ、春は桜が見事だ。秋には、箕面連山を背景にゴールデンカラーに色ずく様は素晴らしく、3階から見る景色は最高でとても気に入っている。
落葉したこの時期は、枝の隙間を通して、バス停近くの角を曲がるまで主人を見送ることが出来る。しかし、たった1、2分の距離を彼は10分かかる。べランダで10分間立っているのは寒い。非常〜に寒いので私は洗濯物を干す時間に組み込んだ。
何度も何度も振り返り手を振る主人に、寒くてやりきれない私は洗濯物を手に、 Y M C え〜い♪ と踊り、早く行ってちょうだーい!っと、手で合図をする

 私が出かける時は主人がベランダに立つ。1,2分で消えてしまう私の姿を見失わないように必死のご様子。
ある時振り返ったら、な、なんと、ほうきと塵取りを手に、Y M  C Aと踊っているではありませんか!! 似合わない事この上無し。ふき出してしまった。
帰宅すると、「前から3番目に座っていたな」「手を振っているのにしらんぷりしてるんだから・・・」と主人。バスが見えなくなるまで見送っていたと言う。

 思えば、この人は昔からこうだった。
娘達が塾通いだった頃、車で送って、降ろしたらたらすぐ発車してしまう私と違って、主人は、彼女達がビルの中に入る迄見送る人だった。
空港では、娘や私が出発後、仕事で同行出来ない自分は必ず展望台に駆け上がり、飛行機が豆粒になるまで見送ったと何度も聞いた。

 やがて木々は芽吹き桜は満開。そして目に鮮やかな新緑の季節になると、枝はたわわに茂り隙間が無くなり、主人は背伸びをしたり覗き込んだりと大変だ。又、「見通せる場所は2本目の電柱の右側だよ」と、教えてくれたりした。

 1年があっと言う間に過ぎ、再び枯葉の舞うこの季節となった。
「よ〜く見えるようになったな」と、満面の笑みを浮かべてバス停までの道のりを、何度も何度も振り返りバイバイをする。
今年もぜひ、元気でリハビリ通いをして欲しいと心から願っている。胃にポリープが見つかり、手術と相成ってしまったけれども・・・・。

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